名古屋地方裁判所 昭和55年(ワ)1523号 判決 1982年9月29日
原告
佐々木崇行
ほか一名
被告
田中百合子
主文
被告は原告に対して、金七三万〇六八八円及びこれに対する昭和五四年二月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は、五分してその三を原告の、その余を被告の、各負担とする。
この判決の第一項は、原告において金二〇万円の担保を供したときは仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
1 被告は原告に対して、金二一〇万一二〇七円及びこれに対する昭和五四年二月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言。
二 被告
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 原告の請求の原因
1 事故の発生
(一) 日時 昭和五四年二月一〇日午後六時四〇分ころ
(二) 場所 愛知県尾張旭市西山町一丁目四番地一六先道路交差点内
(三) 加害車 被告運転の普通乗用自動車
被害者 原告(受傷)
(四) 事故態様 原告が前記交差点を北から南へ向けて原動機付自転車を運転して進行中、被告車が東から進入してきて衝突したもの。原告の右進行道路は中央線のひかれている優先道路であり、かつ被告進行道路の右交差点入口には道路標識による一時停止の規制がなされていた。
(五) 原告の受傷内容
左上眼瞼部挫創、左足挫傷、頭部前額部擦過創、右膝両手擦過創、前歯四本折損。
2 被告は、右加害車両を自己のため運行の用に供していたものであり、かつ一時停止義務に違反して一時停止を怠つた過失により本件事故を発生させたものであるから、自賠法三条及び民法七〇九条により本件事故につき責任を負うべきものである。
3 原告の損害
原告は本件事故により受傷して、左記のとおり合計四〇七万九二四九円の損害を蒙つた。
(一) 治療費 八五万〇一七〇円
(二) 看護料 三万九二〇〇円
(三) 休業損害 一五万四八〇〇円
(四) 入院(二二日間)雑費 一万三二〇〇円
(五) 通院交通費 八万三五八〇円
(六) 診断書料 三〇〇〇円
(七) 入通院分慰藉料 四三万六五〇〇円
(八) 後遺症慰藉料 四六万円
(九) 後遺症による逸失利益 一七三万八七九九円
原告は、大工志望で建築会社に勤務して日当だけでも約六五〇〇円を得ていたものであつたが、大工は力を要する仕事であるところ、本件事故によつて歯三本を失い、その治療のために左右各二本計四本の歯を根元まで削つたので、結局歯七本を失う結果となり、歯をくいしばつてふんばる仕事ができなくなつたことなどのために、大工仕事を続けることができなくなり、単純な軽労働に転職した。現在えている給料は月額九万八二二六円であり、事故前にくらべて月額五万円以上の減収となつた。仮に右の事実が認められないとしても、昭和五四年賃金センサスによれば男子労働者学歴計の年齢一八歳から一九歳のものの年間給与額は一四二万四三〇〇円であり、原告は前記障害により労働能力を五パーセント喪失したものとみるべく、稼働可能な六七歳まで四九年間の逸失利益の現価をホフマン式により中間利息を控除して算出すると、一七三万八七九九円となるのであつて、原告は少なくとも右額のうべかりし利益を喪失したこと明らかである。
(一〇) 弁護士費用 三〇万円
よつて、原告は被告に対し、右損害額からすでに受領ずみの賠償金の額一九〇万四一七〇円を控除した残額二一七万五〇七九円の損害賠償請求権を有するものであるので、その内金二一〇万一二〇七円、及びこれに対する本件事故の日である昭和五四年二月一〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 被告の答弁
請求原因1の事実中、(五)の点は不知、その余の点はすべて認める。
請求原因2の事実中、被告が本件加害車両の運行供用者であること、及び過失により本件事故を発生させたことは認める。但し、一時停止を怠つた過失はなく、本件事故現場の交差点進入前に一時停止を履行したものの、左右の安全の確認を怠つて時速約二〇キロメートルで進入した点に過失があつたものである。
請求原因3のうち(一)ないし(四)及び(六)ないし(八)の損害額については認め、その余の損害額については否認する。(五)の通院交通費はタクシー料金であるところ、原告の受傷の程度からみてタクシーを利用する必要はなかつたものであるから失当である。また(九)の逸失利益は過大である。
被告が原告に対して、本件事故の損害賠償金一九〇万四一七〇円を支払ずみであること、原告主張のとおりである。
三 被告の抗弁
本件事故の発生については、原告にも交差点を直進するに際し、左右の交通の安全を確認すべき注意義務を怠り、漫然と時速約三〇キロメートルで交差点内に進入した過失があつたものであるから、過失相殺されるべきである。
四 抗弁に対する原告の答弁
抗弁事実を否認する。原告は低速で中央線寄りを走行していたものであつて、何らの過失もなかつた。
第三証拠〔略〕
理由
一 請求原因1の(一)ないし(四)の事実は当事者間に争いがなく、原本の存在及びその成立に争いのない甲第一、第二号証の各一、同第五号証によれば、原告は右本件事故により右上眼瞼部挫創、左足挫傷、頭部前額部擦過創、右膝両手擦過創、上前歯三本欠損一本破折の傷害を受けたことが認められる。
二 被告が本件加害車両の運行供用者であることは当事者間に争いがなく、そうである以上自賠法三条に基き、被告は原告に対して、原告の前記受傷による損害を賠償すべき責任があること明らかである。
三 原告の前記受傷による損害として、請求原因3の(一)ないし(四)、及び(六)ないし(八)の各項目による合計一九五万六八七〇円については当事者間に争いがない。
同(五)の交通費については、原本の存在及びその成立に争いのない甲第一号証の一、二、成立に争いのない甲第四号証、被告第二回本人尋問の結果により成立の真正を認める乙第八号証の二、一二、並びに証人佐々木成欣の証言によると、原告は本件事故当日可知病院に入院、同年三月三日退院して後同月一五日まで通院治療(実日数六日)を受けたものであること、右原告入院中、前記のとおり前歯欠損の傷害を受けた原告のためにそしやくし易い食物を届ける必要から、原告の家族、主として母親が子供(原告の弟妹)の世話の合間をぬつて毎日病院へ通つたこと、原告の自宅と可知病院との間の公共の交通機関はバスの便が一時間に一本の割合であるのみであることから、原告及び家族の病院への往復はタクシーによつたもので、そのために支払つたタクシー料金の合計額は原告主張の交通費の額を超えていること、当時の原告の自宅と可知病院との間のタクシー料金は片道九〇〇円を超えなかつたことが認められる。以上の事実によれば、原告及びその家族の交通費中、入院日数と通院実日数との計二八日につき一日一往復分一、八〇〇円の割合による、合計五万〇四〇〇円の限度で、本件事故による損害と認めるのが相当である。
同(九)の後遺症による逸失利益については、前掲甲第五号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は前記のとおり前歯四本を欠損あるいは破折して補綴したものであつて、事故時一七歳の男子で、事故前はその主張のとおり大工として身をたてるべく、約一年間建築会社に勤務していたものであるが、本件事故後は力仕事をすることができなくなり、転職したことが認められる。右転職による減収額については、原告本人の供述中事故前の収入額に関する部分はにわかには信用し難く、他にこれを認めるに足りる証拠はないので認定し難いが、右障害内容及び転職の事実から、原告はその労働能力の五パーセントを四〇歳までの二三年間喪失したものと認めるべきものと解される。そうして昭和五四年度の賃金センサスによれば、原告と同年齢一七歳の男子労働者の年収額は一一〇万五三〇〇円であること公知の事実であるので、原告は右障害により、少くとも右金額の五パーセントにあたる年額五万五二六五円を、本件事故後二三年間にわたり逸失したものと認められ、ホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除すると、その本件事故時の価額は八三万一四六一円である。従つて、原告の後遺障害による逸失利益の損害の主張は、右金額の限度で認めるべきものである。
以上により、原告の弁護士費用を除く損害の額は合計二八三万八七三一円となる。
四 ところで、成立に争いのない乙第一、第二号証、第三号証の一ないし四、第四、第五号証によれば、本件事故現場は南北に通ずる幅員約六・六メートルの道路と東西に通ずる幅員約五・三メートルの道路との交差点であり、その北東の角はいわゆるすみ切がなされてはいるが、高さ約一・八メートルのブロツクの塀がめぐらされていて見通しが悪いこと、右南北道路には中央線がひかれ、東西道路の交差点進入口には道路標識により一時停止の規制がなされていること(この点は当事者間に争いがない。)、本件事故当時既に暗く、降雨中であつたこと、原、被告ともそれぞれ自車を前照灯を(被告は下向きに)点灯して走行していたこと、被告は右交差点手前約四・三メートルの路側に設置されていた一時停止標識の付近で一旦停止したものの、同地点からは左右道路への見通しがきかないまま、交差道路からの進入車両の有無の確認を怠つて発進し、時速約二〇キロメートルで交差点内に進入した過失により、衝突直前にようやく原告の車両に気付いたものの回避しえずに原告車の左側部に衝突したものであること、一方原告もまた左右道路からの進入車両の有無など安全確認を怠つたまま、中央線寄りを時速約三〇キロメートルで進行し、本件事故に至るまで被告車に全く気付かなかつたことが認められる。証人佐々木成欣の証言中、本件事故直後に被告が一時停止を怠つた旨述べていたとの部分は被告本人の第一回供述にてらして信用し難く、その他右認定に反する証拠はない。
右認定の事実によれば、本件事故の発生については、原告にも過失あるものというべく、原告の損害の賠償額について一割の過失相殺をなすのが相当である。従つて被告が賠償すべき金額は、前記原告の損害額からその一割を控除した二五五万四八五八円(円未満四捨五入。)である。
五 そうして、被告が原告に対して既に本件損害の賠償金として一九〇万四一七〇円を支払ずみであることは当事者間に争いがないので、これを控除すると残額は六五万〇六八八円である。
六 原告が、本件訴訟を弁護士である原告訴訟代理人らに委任して提起、遂行したことは、本件訴訟の経過に明らかであり、弁護士に訴訟委任した場合、相応の報酬の支払を要するものであること経験則上明らかである。本件事案の性質、訴訟の経過、認容すべき額など諸般の事情を考慮すると、原告が訴訟代理人らに支払う報酬中金八万円については、本件事故と相当因果関係ある損害として被告に賠償を求めうべきものと認められる。
七 以上の理由により、被告は原告に対して、前記六五万〇六八八円に右弁護士費用八万円を加算した七三万〇六八八円の賠償金、及びこれに対する本件事故の日である昭和五四年二月一〇日から支払ずみまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告の本訴請求は、右の支払を求める限度で理由あるものである。
よつて、原告の請求を右の限度で認容し、右を超える部分を棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 小島寿美江)